トリチウムに関する珍問答

三重水素「トリチウム」を含む福島第一原発からの汚染水に関して、これまで東電はその全てを保管していましたが、ええかげんキリがなくなったようで海に流したいと言い始めたようです。自称科学者の方が「トリチウムは規定濃度以下まで希釈すれば安全なのは科学者なら常識」とかおっしゃってますが、これはどうなのでしょう。

確かにトリチウムは自然界中にも含まれています。ではでは、どうやって希釈するのでしょう?水道水にも微量ながら含まれているということは、水道水レベルまで希釈することは不可能です。そもそも巨大なタンクが立ち並ぶ福島第一原発周辺にタンクで貯蔵してある汚染水をぜんぶ規定濃度まで希釈するには、「汚染されていない、いわゆるきれいな水」がどんだけ必要なのでしょうか?

とか考えると、放出派が考えていることは「希釈するつもりはもともとなくて、はなから海に流してしまえば自然と希釈されて何とかなるだろう」ということです。漁業関係者が心配していますが、それもその通り、世界のいくつかの事例で魚などに数千倍に濃縮されていた事例がすでにあります。またトリチウムが現在の基準濃度で本当に安全なのかは、いまなお議論されているところです。魚が原因ではありませんが、トリチウムの濃縮していた施設において、取り扱いに起因する死亡事故も起きています。

微量だろうが、半減期が短かろうが、トリチウムは決して安全な物質ではありません。自称科学者だの何ちゃらの権威とかいう人間の確信ぶった言動には注意しましょう。

自己責任だけの政府に存在意義はない。

最近こればっかりです。「自己責任で」。山本太郎議員がおっしゃっておりましたが、だったらそんな政府に税金を納める必要はありません。そもそもそんな政府はいりません。最近の政治・官僚腐敗はこの国というシステムを崩壊させようとしています。私のスタンスはできる限りはこの国を少しはまともな方向に向けていく。それがどうしても無理なら別の国を探すつもりです。

どっちにせよ、勉強が必要。がんばります。

ふりだしに戻る。

ここのところの業績悪化で出稼ぎも検討していたのですが、夫婦で協議の結果もう少しピンで頑張ってみることになりました。軽井沢周辺に出稼ぎ先がないため、かなりの時間家を空けてしまうことになり、家自体のコンセプト(子供と猫の面倒をしっかりみる)から大きく外れることが避けられなかったためです。

とはいえ経営難は経営難、いろいろな手を打ちます。

いらない子だった。

少子高齢化とか、既婚率の低下とか、根っこも同じだが行く先も同じである。

もうこの国に未来はない。一握りの人のみが富を握り、残された人は生活すらままならない。誰も怒るわけでもない。もう怒る気力もない。

自分自身も含め、今の40歳前後のいわゆる団塊ジュニア世代は、いらない子だった。生まれた時はベビーブームとか言われてよかったのかもしれない。ただ、学校を出ていざ社会に出ようとした時、バブルが崩壊した日本社会は、若者を必要としなかった。その後景気の浮沈はあるが、雇用機会はともかく待遇は悪化の一途をたどっている。

経営者曰く、労働基準法をまともに守っていたら、会社はやっていけないそうだ。大企業においても、サビ残含め労基法違反は散在しており、ロクに処罰もされない。そりゃあみんな守らないわけだ。

一部の人が結婚して家を建てて子供を作った。うちもたまたまその類いだ。いらない子の子供はどう生きていけばいいんだろう。

この国を捨てろとまでは言わないが、どこの国でも生きていけるようになってほしいと思う。こだわる必要はない。たぶん子供たちも今の社会からは必要とされないだろうから。年金の払い手として以外は。

自分も今の生活がどのくらい続けられるかわからない。ただ、転機があればいつでも動けるようにしておきたい。もう絶望はたくさんだから。

大学の自治の終焉、ひいては大学の自殺について

私は大学時代、駒場寮という自治寮に住んでいました。自治寮とは寮生が自主管理を行い、運営する寮です。昔から大学の管理強化というのは文科省の思惑でした。私が入寮してすぐに廃寮通告がなされ、5年ほどもめたのちに強制排除が行われ、駒場寮は潰されました。

さて、大学の自治という言葉があります。何のためかというと、政治経済からの過剰な干渉を食い止めるために、自分の大学は自分たちで管理し、正常な運営に努めるためでありました。強制排除の時、東大は自治を捨てたと感じました。まあ、もっと遡れば安田講堂に機動隊入れた時点でもう終わってはいたのですが。

そして現在、日本の大学はその存在意義を失いつつあります。自治はおろか職業訓練学校にしかなっていないのが現状です。予算がついたからやります、科研費が下りたので云々。そして学歴のインフレ。大学院を出てしまうと就職できないのが現状です。そして運の良い学卒者が就職しても、やらされる仕事はパワーポイントでの資料作りなど、別に大学でなくてもいいことばかり。実際IT業界などにおいても高卒の人間の方がバリバリ働いていたりするのが現状です。

大学は何のために行くのでしょうか?日本の大学を出ることに何の意味があるのでしょうか?私自身が進学塾をやっておきながらではありますが、前述の問いに対する模範解答は、ぽろぽろと崩れつつあります。

さて、海外ではまだ大学の自治が生き残っております。自分を問い直し、社会を問い直し、あるべき姿を模索し続ける。学歴差別もありますが、それぞれ自分なりにキャリアを積んでおります。それに対し、政治家、官僚からのお恵みだけにたかる教授たちの姿を見るに、この国の大学はもう死んでいるのかもしれないと思います。

あまりにも悲観的すぎるかもしれません。ただ先日、自治や自由の象徴である京都大学において、自治寮に廃寮勧告がなされました。一旦撤回された経緯もあるのですが、京大もついに、という感じです。死にかけています。

現状の背景が見えないので、近日中に京都に行こうと思います。ちゃんと現場を見て、大学のあるべき姿、将来はあるのかどうかなど考えてこようと思います。

最近の政治に思うこと

高い支持率と議席数を背景にやりたい放題やって来た安倍政権ですが、すこしづつ崩壊の兆しが見えて来ました。官僚など周囲の人間を使い捨てにして、体裁だけは取り繕いつつあるように見えていましたが、明らかに昔のような勢いはありません。近いうちに、具体的には次の選挙で崩れると思われます(私の希望的観測かもしれませんが)。

すると「次に来るのは何か」です。前回私は長野3区で共産党候補に入れました。残念ながら落選でしたが、我ながら共産党に票を投じるとは思っておりませんでした。学生時代は寮の存続を巡って、民青同盟とあれこれやらかしていた身です。素直に指示しろって言われてもなかなかできることではありません。ただ、共産党は変わりつつあります。昔の悪い部分も残ってはいますが、こと野党共闘に関してはこれまでの独自路線を捨て、自党の候補を立てない選択をした選挙区もありました。長野3区では野党統一候補とはなりませんでしたが、唯一残っていたまともな候補が共産党候補でした。国政で共産党が第1党になるとは考えにくいですが、少なくとも自公の暴走を止める一大政党になってくれればと思ってます。

個人的にはその共産党の小金沢ゆか候補の応援に来てくれた自由党の山本太郎参議院議員が好きです。たしかに猪突猛進でまわりが引いてしまう言動もありますが、政治家の本分である「筋を通すこと」に関しては、ほぼトップの取り組みを続けています。自由党も小さな党ですが、応援していきたいと思います。

また社民党も支持しています。議席比率一覧に載らないほど小さくなってしまった党ですが、ぶれることなく護憲の思いを貫いています。

私の住む軽井沢は2年後に町議員選挙があります。前回突如思いつきで出て、やっぱりおりました。町議員選挙ですので、国に対するビジョンとともに、この町をどうしていくかというビジョンも明確に打ち出していく必要があります。軽井沢町は現状議会政治が骨抜きにされ、役場を中心に回されています。予算は平坦に、情報はクローズにされたまま、顔のない人々が町をその場限りで動かしています。町民である私たちには何も見えません。

次回の選挙に出るかは正直未定です。今軽井沢に必要なものはLRTだと思っているので、なんとか同志の皆さんの声を町政に反映させようと思っていますが、なかなか取り組みは進んでいません。選挙には資本も必要です。また手伝ってくれる人々も必要でした。前回はまったくの孤軍で素手で町を回っただけに終わりました。やるからにはちゃんとした準備が必要だと思います。今はまだ思っているだけですが、そのうち出るにせよ出ないにせよ、町に対する取り組みを具体的に進めていきたいと思います。

ToDoたまりすぎ。

確定申告に68の修理、ヤマハのレッスンの練習と次なる商売を考えることなどありすぎてやばいです。それぞれやるべきことは見えているのですが、時間がうまく使えない…。精進します。

私の塾の紹介

いろいろ首を突っ込んでおりますが、本業は塾の先生です。

中軽塾という塾をやっております。軽井沢中部小学校の近くで小さい塾なのですが、毎年難関校に合格実績がございます。小中高生はもちろん、学校に行ってない子、パソコン習いたい大人の方などなど誰でも学べます。

皆様のお越しをお待ちしております。